エリシュカさんと焦先生

 チェコ出身で、札幌交響楽団の名誉指揮者であるラドミル・エリシュカさんご夫妻と焦鉄軍先生との交流が始まったのは、2008年春のことだった。

 焦先生はその後、エリシュカさんが日本に来るたびに指導の時間を作ってくださっている。その内容は健康の問題にとどまらず、身体の動きを通じた日本人とのコミュニケーションの取り方にまで及んでいる。こうした指導を焦先生が継続的に続けられるというのはきわめて特別なことなのだが、エリシュカ夫妻が先生のこの格段のご配慮をどんなふうに受け止めているのか、そのことを示すエピソードをご紹介したい。

 エリシュカさんは札幌交響楽団を年に2回指揮しているが、通常だとプラハからドイツ・フランクフルト経由で関西空港に到着し、1泊してそのまま札幌に向かうことが多かった。だが今回(2015年6月)の来日では、羽田空港内のホテルに1泊することになったため、先生にひとめ会いたいと願うエリシュカさん夫妻の気持ちを汲んで、先生にご指導いただけないかご相談したところ、直前のお願いだったにもかかわらず、焦先生は張聨英夫人とともにわざわざホテルまで出向いてご指導くださったのである。

 「先生のご指導のあとは、いつも最高に気持ちが良くなって眠ってしまうので、気がつくと先生がいなくて残念です」と笑いながら話していたエリシュカさんだが、今回は先生が食事していた空港内の中華料理店に偶然エリシュカさん一行が来店したため、思いがけない再会となってエリシュカ夫妻は大喜びであった。

 そして翌週末、札幌でのコンサートを聴いてから楽屋を訪ねたところ、エリシュカさんは私を見るなり「イワノよ、お前は私の天使だ!」と抱きついてきたのである。さて、これはいったいどういう意味なのだろうか? この時点ではまだ謎が残ったままであった。

 さらにその1週間後、再び札幌を訪れた私は、札響事務局の宮下さんやコンサートマスターの田島高宏さん、友人の永岡敏嗣さん、エリシュカさんのマネージャーである梶吉洋一郎・久美子さん夫妻らが参加する打ち上げの食事会に招かれた。さまざまな話に花が咲き、楽しい雰囲気で盛り上がっていたところ、突然エリシュカさんが真剣な表情になって「きょうはイワノにぜひ伝えておきたいことがある」と切り出してきた。

 「私はイワノに、心から感謝しなければならない。なぜなら、84歳の私が、日本に来るたび前より元気になってチェコへ帰ることができるのは、ドクター焦に出会うことができたからだ。正直に告白すれば、私はドクター焦のことを最初から理解できたわけではない。しかし、指導を受けたあとの天国に昇るような心地良さや、さまざまな的確なアドバイスを目の当たりにして、先生の偉大さに気付かされた。私は敬虔なカトリック教徒だが、ドクター焦は神のような存在なのだと感じている。だから、神様と私をつないでくれたイワノは、まさに私にとっての天使なのだよ!」

 すると、いつもにこやかにエリシュカさんに寄り添っているヴィエラ夫人が、私にもひとこと言わせて、と身を乗り出してきた。

 「私も神の存在を信じていますが、神はこの地上に、奇跡を起こす力を持った特別な人を何人か選んで送り込んでいるのではないかと感じることがあります。たとえばドヴォルザークはそのひとりで、彼の作曲した音楽がもたらす感動には、神が確かに宿っているのです。そして、ドクター焦は、まさにそうした神に選ばれた存在なのだと、私たち夫婦は確信しています。そのことを、ぜひ私からも感謝とともにイワノに伝えておきたいのです」

 焦先生の7年間にわたるエリシュカさんへの献身的な指導が続く中で、エリシュカ夫妻が大勢の前で、焦先生への尊敬と感謝の念をはっきりと言葉にしたことは、とても感動的であると同時に、大きな責任を感じずにはいられなかった。

 なお、エリシュカさんと札幌交響楽団のコンビは、2016年3月8日(火)夜7時からサントリーホールで初の東京公演を行う。焦先生を神に匹敵する存在と考えるエリシュカさんが、相思相愛の関係である札幌交響楽団と東京で演奏する機会はまれであり、ぜひ皆さんにもお聴きいただければ幸いである。

音楽ジャーナリスト 岩野 裕一

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